【大阪府委託】リレーエッセイ 令和6(2024)年度 第3回 コラボレーション実践研究所所長、大阪府立大学名誉教授 山中京子さん

…令和6(2024)年度 第3回…
画期的な「困難女性支援法」、
   理念の具体化をめざして

山中京子さん
コラボレーション実践研究所所長、
  大阪府立大学名誉教授

「困難女性支援法」がめざすこと

 「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(以下「女性支援新法」と言う)が令和6(2024)年4月1日から施行されました。この「女性支援新法」は、昭和32(1957)年に施行された売春防止法を土台に生まれた法律です。
 土台にはしていますが、目的ははっきりと変わりました。売春防止法は「売春を為す恐れのある女性の保護や補導処分、更生」をめざしていましたが、「売春を為す恐れ」がなくとも「住まいがない」「家庭に暴力がある」などの理由で困窮状態におちいる女性が増えてきました。また、女性を「保護や補導処分」の対象と捉える認識も問われるようにもなりました。「女性支援新法」は「時代と共に女性をめぐる環境や抱える困難が複雑化、多様化、複合化」しているとし、その目的は「女性の人権尊重」であると冒頭に明文化されています。
 また、「女性の福祉」「人権の尊重や擁護」「男女平等」の理念を明確に規定し、「それぞれの意思を尊重されながら、最適な支援を受けられる」ことを基本理念として定めています。このように、対象は売春防止法と同じ女性でも、「保護、更生」から「人権尊重」へと目的が変わったという点で大きな意義のある法律です。

あらゆる条件を「問わず」に支援する

 「女性の人権尊重」という骨組みはしっかりとした法律ですが、施行から間もないこともあり、課題はあります。
 まず、法律の対象である「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により(中略)困難を抱える女性」という定義についてです。「困難を抱える女性」と明文化されているのですが、そこに「外国人」「トランスジェンダー」「レズビアン」「薬物依存」といった個別の当事者は含まれるのかという質問をよく受けます。
 確かに具体的には挙げられていませんが、基本方針には「年齢、障害の有無、国籍は問わない」とはっきり書かれています。つまり、逆に言えばこの法律は現代の女性が抱える問題が多様化、複雑化、複合化していることを前提にあらゆる条件を「問わない」とすることで、すべての女性を包摂していると言えると私は捉えています。しかし行政や支援者が「多様性」をどこまで幅広く考えられるかがポイントになると私は考えています。
 「困難な問題を抱える女性」という定義の「困難」についても丁寧に見る必要があります。条文には「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により」と書かれています。「性的な被害」が筆頭にあり、確かに性的被害が日常的に報道されるほど多い社会ですが、その土壌として、女性であるが故の生きづらさや格差(ジェンダー規範、ジェンダー格差)があるという前提の共有が重要なポイントです。この法律はそこを踏まえた上で、困難な問題を抱える女性を支援していくと謳(うた)っていることを認識していただきたいと思います。

今後の課題は理念の具体化

 また、基本理念には「多様な支援を包括的に提供する体制を整備する」「支援が、関係機関及び民間団体の協働により、早期から切れ目なく実施されるようにすること」と書かれています。非常に重要なことで、やはり明文化された意義が大きいのは言うまでもありません。ただ、いかに具体化していくかが課題です。
 課題のなかみとして、「多様な支援を包括的に提供する」のが難しい現状があることです。たとえば、市町村の様々な担当部署間でも、業務の系統や職務内容の違いにより、普段よりコミュニケーションがあまり密にないため、連携や協働がスムーズにいかないケースが見受けられてきました。
 ただ、セクションだけの問題ではありません。連携がうまくできている自治体を見ると、特定の女性相談支援員さんが面談のスキルに留まらず、役所内でそれぞれの部署が連携、協働できるように動けるスキルを持っていることがわかりました。女性相談支援員にはそれらの実践的な連携・協働のスキルが必要です。ただ、そのようなスキルの修得を女性相談支援員の個人の努力にだけ任せるのではなく、すべての支援員がこうしたスキルや専門性を身につけるための研修などを保障するのが行政の責務だと考えています。
 同時に、行政の管理職がこの法律の意義と理念をしっかり理解し、女性相談支援員などの実働している支援者をしっかりバックアップできることも重要です。この法律では都道府県すなわち広域行政に基本計画を立てることが義務付けられています。大阪府の基本計画では、支援内容として、支援対象者の早期把握からアフターケアまで8項目を掲げられています。特に推進体制として公的機関である大阪府の女性相談センターや市町村の女性相談支援員、市町村の女性支援以外の多様な他部署、民間団体、その他の関係機関による支援調整会議(対象者の支援について具体的に話し合う会議)の開催を明記しました。この会議が実際に有効的に実施され、困難な女性への質の高い支援が実現するように、理念だけで終わらないよう、検証するシステムも必要です。

「違い」ではなく共通項を見つける対話を

 時代とともに、女性が働くことや子育て・介護を社会で支えていこうという法律は増えてきました。男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法、女性活躍推進法などがあります。しかし「女性の福祉」を明確に謳(うた)った法律は、冒頭で述べた売春防止法以来、66年ぶりです。画期的ですが、今まで女性が直面してきたいろいろな困難をようやく社会が明確に認識したということでもあります。
 「困難を抱える」という言葉に、「今、平穏無事に暮らしている自分には関係ない」「かわいそうな女性の問題」と思う人もいるかもしれません。しかし何らかの困難を抱える人と出会った時、「私とは違う」とその人との間に線を引くのではなく、まずはその人の経験に近づきそれを受け止めてみてください。お互いを知るうちにお互いの通じる部分がきっと見えてきます。そして違いを比べ合うのではなく、共通項を見つけていくことで対話が始まったり、共に解決策を見つけていくような関係ができればいいですね。少なくとも私はそうありたいと考えています。