【大阪府委託】リレーエッセイ 令和7(2025)年度 第3回 一般財団法人ダイバーシティ研究所代表理事 田村太郎さん
…令和7(2025)年度 第3回…
なぜ防災に人権の視点が必要なのか

田村太郎さん
一般財団法人ダイバーシティ研究所
代表理事
阪神・淡路大震災をきっかけに災害支援の道へ
私が災害支援、特に外国人の支援に携わるようになったきっかけは1995年に起きた阪神・淡路大震災でした。当時、大阪にあった在日フィリピン人向けのレンタルビデオ店で働いており、外国人に対する情報提供や制度がほとんどないことは知っていました。実際、震災翌日に店に行くと、相談や助けを求めるフィリピン人からの電話が鳴りっぱなし。そこで通訳ボランティアをかき集め、震災の3日後には7言語対応のホットラインを立ち上げました。その後、20言語で24時間対応の体制を整え、最終的に半年間続けました。この活動を通じて外国人のおかれている状況の厳しさに気づき、1995年10月に「多文化共生センター」を設立。2007年には「ダイバーシティ研究所」を設立して、人のちがいに配慮のある社会をめざす活動を行っています。
災害であきらかになった課題とコミュニティの力
被災した外国人の相談から見えてきた課題はたくさんありますが、特に大きかったのは「医療費が払えない」という問題です。当時、日本には在留資格のない外国人が全国に約30万人いました(現在は約7万人)。在留資格がないため、健康保険に加入できません。震災のあった1月は国籍も関係なく医療費が無料となりましたが、2月に入って健康保険法に特例措置ができ、保険に加入している人が全額無料になる一方で、加入していない人は全額自己負担となりました。入院していた病院からパジャマのまま強制退院させられるといったケースもあり、私たちは兵庫県や神戸市、厚生省とも交渉しました。最終的に「半年間請求しても回収できなかった医療費については阪神・淡路復興基金が補填する」ということで決着しました。近年は外国人をめぐる状況も変わっていますが、支援から漏れる人に対応するために官民で交渉を重ね、解決する先例ができたことは非常に重要だと考えています。
同時に、外国人は助けられるだけの存在ではありません。異国で暮らすには日頃から仲間との助け合いが不可欠です。在日コリアンやムスリムなど外国人コミュニティがそれぞれに炊き出しをし、日本人が列に並ぶという光景があちこちで見られましたし、その後も各地で見受けられます。阪神・淡路大震災のころから、外国人も支援の担い手として活躍してきました。
複合的な存在である「人」に合わせた支援を
阪神・淡路大震災の後も数々の被災地で支援に携わってきました。改善されたこともありますが、残念ながらまだまだ課題も多々あります。
災害はすべての人に平等に降りかかるわけではありません。立場の弱い人によりしわ寄せがいく構造になっています。ここまでは多くの人が理解されていると思いますが、災害によって、あるいは災害後のフェーズ(局面)によって「弱い立場」も変化していくことはまだまだ理解されていません。
たとえば男性が仕切る避難所では、女性の立場が弱いと指摘されています。しかし避難所を出て入居した仮設住宅で孤立、孤独死するのは圧倒的に男性が多いのです。また、外国人がなぜ脆弱かというと、少数者であり日本語の理解が不十分であるため意思決定に関われないからです。つまり、特定の人たちだけで物事を決めるのは、そこから漏れる人たちの人権リスクが高まるということです。
もうひとつの課題は、「分野別支援」の限界です。これまでの被災者支援では、「高齢者」「女性」「障がい者」「ペット連れ」といったように、分野別に課題を取り上げて改善してきました。それぞれにマニュアルもあり、訓練もされています。しかし現実の人間や暮らしは「高齢で障がいのある外国人女性がペットを連れて避難してくる」という具合に複合的で、分野別に切り分けることはできません。被災者支援の目標は「誰ひとり取り残さない」。そのためにも、人権課題に対するアプローチの方法を見直す必要を強く感じています。
防災の取り組みを、人権を考える入口に
では具体的に何ができるでしょうか。私は「自主、小規模、多機能で備える」ことだと考えています。地域でさまざまな属性をもつ住民が話し合い、自分たちに合った備えをする。小規模な避難所を地域住民で運営し、個人のニーズに細やかに対応できる準備をしておく。備蓄は「最低限のものを大量に」ではなく、「それぞれに必要なものを多品種で」そろえておく。
災害が起きると、つい大規模集約的な発想になりがちです。一見、合理的に見えますが、大勢を一ヶ所に集めることで感染などのリスクは高まり、ニーズの把握が難しくなります。30人程度の小規模避難所で個々のニーズに応じた支援やケアを提供することで、さまざまなリスクを下げられます。
行政の役割は、平時における地域住民の話し合いや備えを下支えすること。災害支援、復興支援の主役は被災者です。ボランティアは脇役で、政府や行政は黒衣です。被災者すなわち地域住民自身も、そこは自覚しなければなりません。地域でお互いに関心を寄せ、誰か取り残されていないかを追い続ける意識をもち続けることが何よりの防災だと思います。
日本ではなんらかの差別や被害を受けることを「人権問題」と表現します。しかし国際的にはもう少し手前、将来にわたって人権が危機的な状況に陥らないようにすることも人権の取り組みに含まれます。災害に備える取り組みは、人権を考える入口としてとてもいいのではないでしょうか。
【令和7(2025)年12月掲載】
