【大阪府委託】リレーエッセイ 令和6(2024)年度 第1回 一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター 特任研究員 松岡秀紀さん
...令和6(2024)年度 第1回...
「ビジネスと人権」の視点で取り組む人権課題
松岡秀紀さん
(一般財団法人アジア・太平洋人権情報
センター 特任研究員)
企業活動の「負の影響」に着目する
一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(以下ヒューライツ大阪)は、「人権伸長に資する国際的な人権情報を収集・提供することによって人権感覚の醸成に寄与する」をミッションとして、平成6(1994)年に設立されました。
ここ数年、よく見聞きするようになった「ビジネスと人権」への取組も、そのミッションに沿った活動のひとつです。
企業は調達先から得た素材、部品やエネルギーなどを使って製品やサービスを生産し、取引先や消費者に提供します。その際、労働も必要です。こうしたつながりの中で、人々の人権に及ぼす「負の影響」に着目するのが「ビジネスと人権」の考え方です。
平成23(2011)年6月に国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、「ビジネスと人権」に取り組む上で欠かせないものです。ヒューライツ大阪はこの日本語訳に最初に取り組んだのを始め、『人を大切にー「ビジネスと人権」ガイドブック』の発刊やセミナーなどを通じて、「ビジネスと人権」の考え方や内容を伝えてきました。
誰もが「ビジネスと人権」の当事者
「ビジネスと人権」は「新しい問題」ではありません。私自身は40代で公務員を退職し、国際協力NGOや民間企業を経て、現在はヒューライツ大阪の特任研究員として活動しています。その経験からいうと企業はずっと人権問題に取り組んできました。
たとえば1960年代に日本各地で起きた公害問題ー熊本・新潟水俣病、富山イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどや、同和地区の出身かどうかを調べて採用を判断する「部落地名総鑑事件」、障がい者の雇用問題などは、まさに「ビジネスと人権」の課題そのものです。
海外企業や大企業だけの課題でもありません。多くの人が関わっているさまざまな組織、企業であれ行政であれNPOであれ、日々の場面のひとつひとつに「ビジネスと人権」の課題があふれています。社員やアルバイト、ボランティアなど立場もさまざまでしょうが、みな「当事者」です。労働者ではなくとも、消費者ではあります。つまり、誰もが「ビジネスと人権」の当事者といえるでしょう。
取り組みの流れと課題
それでは国連が定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」とは、どのようなものなのでしょうか。
指導原則には「国家の人権保護義務」、「企業の人権尊重責任」、「救済へのアクセス」という3つの柱があります。国には人権保護の義務が、企業には人権尊重の責任がありますが、それでも人権侵害が起きてしまった場合には救済へのアクセスが保障されていなければならないということです。
この大きな枠組みのもと、企業には、人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンスの実施、救済に結びつけるための仕組みの構築が求められています。人権デュー・ディリジェンスでは、素材、部品やエネルギーなどの調達から消費者や顧客企業による使用に至るまでの全過程(バリューチェーンといいます)にわたって、関係する人々の人権への負の影響、つまり人権侵害の可能性がないかどうかを調べる必要があります。その可能性があれば、負の影響を防止・軽減する必要がありますし、実際に人権侵害があれば救済していく必要があります。
こうして説明すると、やはり「国や大企業レベルの問題で、自分たちには遠い問題だ」と感じる人が多いかもしれません。実際、私は中小企業の方々に講演する機会も多いのですが、「人権尊重に異論は全くない」と口を揃えて言われる一方で、「まずは社員の生活を守るのが企業としての責任」とも仰います。しかし、社員の生活を守る、というのも人権と関わりがある話ですし、どの企業にも、また消費者にとっても「ビジネスと人権」は身近な問題です。先ほどもお話ししたように、誰もが「当事者」なのです。
そのことは、2023年に国連の作業部会メンバーが日本での「ビジネスと人権」の取り組みを確認するために行った訪日調査の報告書で、「女性」、「障がい者」、「LGBTQI+」、「健康・気候変動・自然環境」、「労働者の権利」、「メディアとエンターテイメント業界」など、身近なテーマについて非常に多くの内容がレポートされていることからもわかります。概念としてだけではなく、現実に起きていることに引き寄せて考える必要があります。
令和6(2024)年6月に出たこの国連の報告書は、要約して一覧にした資料をヒューライツ大阪のホームページに掲載していますので、ぜひ、ご一読いただきたいと思います。
https://www.hurights.or.jp/japan/notice/2024/08/2023-1.html
企業の内部では、担当者は熱心に学び、取り組んでも、社内全体ではなかなか問題意識を共有できない、という課題もあります。私たちは「社内浸透の課題」と呼んでいますが、国連の報告書と同様、例えば「長時間労働」、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」といった問題も含まれることを考えると、ぐっと身近な問題と感じられるのではないでしょうか。
では、公共の仕事をしている行政は、「ビジネスと人権」と関係ないのでしょうか。実際、「ビジネスと人権は企業の話でしょう。行政は関係ない」と考えて仕事をすることが多いように思いますが、それは少し違っていて、企業と同様、日々の仕事のベースに人権尊重があり、役所の窓口をはじめ、日々様々な人との関わりの中で仕事をしているという自覚をして、人を大切にする仕事をできるかどうか、という発想で仕事をしていくことこそが行政の質を高めていくことだと思っています。
一番近い人権は自分自身
人権(human rights)とは、すべての人が生まれながらに持っているさまざまな具体的な権利の集まりです。そして、もっとも近い人権は「自分自身」の人権です。自分自身を大切にすること。心がけや思いやりの問題ではありません。「自分を差し置いて他者を優先しなければいけない」という発想ではなく、「自分を大切にするように隣にいる人も大切に」という考え方をベースに持つことで、あらゆる人権課題は「自分ゴト」になるのではないかと思っています。